Kojisantino’s Journal

シニアが描く日記以上日誌未満

三台目ジロー号

幼い頃の一台目。親に買って

もらった補助輪付き自転車。

近所に住んでいたいとこのお兄さんが気を

利かしてと思うけど、車体にジロー号と描

いてくれて、得意満面で乗り回していたも

のでした。

車輪がついているのであれば自分の体をあち

こち移動することができるので幼いながら

こころウキウキで毎日を楽しんでいたこと

でしょう。

 

こう書いてすぐ思い当たるのは、

小さい頃から多動症なところが

あったのかなぁということ。

 

(・・・しかし書くことは何と素晴らしいこと

なんだろうか。過去の自分が鮮やかに

自分の瞼に映し出されている。

近所の人に「ジロー号かい?カッコいいね~」

とか言われて、やはり得意満面に車体の文字に

見入っている自分がいる。そして今と変わらず

多動に動き回っていた・・・。)

 

そんなわけで当然成人になって

ある日のことその多動症を強く自覚する日が来るのでしたが、

そんな日々のなかでわたしはある百貨店の下請けの運送会社に

就職して働いていたことがありました。30代半ば頃。

一生懸命働いて人より仕事をこなしたので会社の役員か

らすぐ目を付けらた。

とにかく前へ前へとシャカリキに働くしか能がなかった

だけなのに会社の役員に勘違いされてしまっていた。

「こいつを本社に引っ張ろう」と。

 

だけど、本社に移動して出世まがいなことになるのは

死んでも嫌だったので会社に事あれば何かと逆らって

反抗したものでした。

今振り返れば何かしらその時、わたしは異常な

生き方をしていたのかもしれません。

その会社を辞めるまでの三年の月日。異常な日

常世界の真っただ中で喘いでいたのでしょう。

 

当時、今乗っている軽四輪より少しカラが大きな

お気に入りの車に乗って通勤していました。

会社で働きながらでもその車を使って自分で外回

りの仕事ができないものかと漫然と考えていたの

でした。

 

その思いは実現できなかったけれど

文字通りの三台目のジロー号をまた持つようになって

、何と思いは同じなのです。

 

懲りずに何か外回りの仕事に着手したいと思ってい

る自分がいます。

 

現職はある運送会社の運行管理の仕事に就いていますが、

中の仕事も慣れれば面白いと思えてきているし、デスク

ワークもやればこなせるんだと少し自信が付きかけのと

ころです。

しかしそうなれば外回りの仕事が自分の出発点であると

今強く意識するようにもなって感慨無量なのです。

 

幼い時の好きだったことを思い出しながら

そこからあれこれ思いめぐらすと

きっと自身を確かなところへ連れて行って

くれるのだろうと、気持ち

晴れやかになってきた自分がいます。

 

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(写真はフリーで借りてきたものです)